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<同じ事はやらない> |
| 富士山の写真家というと、皆さんはどんなイメージを持ちますか?。
ごつい男で山の麓に住んでいて、寒い中でじっと待っている忍耐力のあ る人・・・。
多くの方がそんなイメージをお持ちです。 |
残念ながら私はその想像の外にいます。私は山麓に住まず富士山の見えない東京にいます。インスピレーションを感じたら会いに行く、それが私のアドバンテージ です。富士山が呼んでくれると言った方が良いかも知れません。
サラリーマンからプロの写真家になって未だ六年目ですが私の前に出る情景は誰も見た事のない富士山です。その「ときめきの富士」を生涯に99枚世に出そうと決め、従来の常識を無視する事にしました。
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<富士山の呼ぶ声を聞く> |
富士山は360度から見える世界一の独立峰、毎日毎時間刻々と変わっ
て、どの角度から見れば一番美しいか通常は想像も出来ません。
しかし 私はその瞬間と場所を読み切る事が出来ると考えました。
山麓にいれば 360度は見えませんが、離れれば全体が見えると考えたのです。 |
| 気象を読み、雲の量を知り、風の強さと気温の差を感じて、太陽の角度に合わせ、天気の変わり目に「明日、あの場所、あの時間」と狙いを定め、より高い場所へ夜中に駆けつけます。それは宇宙自然の法則と調和することです。
360度から見える富士山は、どの季節の、どの天気の時に、どの時間帯にどこから撮るべきか、最初は不可能に見えたこの挑戦は、地球の自転による太陽の角度の季節毎の違いに気付いた時、少しずつ自分の中で明確な自信となって築かれてきました。
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<ときめきの富士の法則> |
| 例えば、冬至の太陽は日本(地球)から見て東南東から出て西南西に
沈みます。この角度の太陽の光を、富士山の頂上全面に当てるには何処に立てばいいか。 |
| それは夜明けの時ならば箱根方面となり直射光が「紅富士」を作ります。夕方ならば山中湖・忍野村方面となり逆光で空一杯の夕焼けとなります。「太陽と富士山と私の一直線の法則」が彩りを劇的に、そして長い時間にわたって、嶺と空の雲に色を付けるのです。斜光の位置に立てばこの彩りも時間も小さくなります。
夏至は冬至と反対の動きです。太陽は東北東から出て、西北西に沈みます。朝は富士宮市、日本平、焼津港、夕方は箱根で空の焼けを狙います。同様に4月と8月の20日前後の夜明け前は、今ではすっかり知られるようになった田貫湖にいます。
太陽の角度に会わせて動くこと、里を彩る花や紅葉の最適時期を知ること。天気の変わり目はどこに来るかを知ること、温度差の激しいときに動くこと・・・・立つ位置は自然に絞り込まれていきます。
そして画面の外までも想像できる、ギリギリの省略と強調で絵作りをすること。江戸の浮世絵師が、描かないで描いた世界を写真で目指しています。1枚の静止画の中に時の流れや情感が漂っていたら「ときめきの富士」の完成です。
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<広角レンズで挑戦だ> |
| 富士山から離れるほど広角レンズを使います。遠くから望遠レンズで
引っ張って光景を切り取るのは誰でも出来ること、私が立っている足下
から、中景、遠景、そして富士山の上を彩る天空まで完璧に....。 |
| それは私が見ている臨場感を見て下さる人々に伝えたいから。心を揺さぶってこそ歴史に残る「ときめきの富士」です。安易さを捨てた世界にこそ出会う事が出来る世界があると信じています。1枚の「ときめきの富士」が世にるとき、その後ろには世に出ない1,000枚が隠れています。
夜明けを待って撮影し、太陽が出たら撮影を終了して午前中には東京に戻っています。そして天気の良い日にはあまり富士山に行きません。昼間の富士山は沢山の人が撮れば良いと思います。
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<カメラに興味はない> |
| 私はカメラマンではなく写真家です。作品というアウトプットに興味
は有っても、カメラに興味は有りません。同様に撮るという行為にも興
味はありません。カメラという道具で宇宙に絵を描いている気持です。
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| 例えば私のカメラは電池も露出計も無く、レンズ交換も出来ませんが零下20℃でも確実にシャッターが切れます。大気の流れを感じれば露出時間は自然に決まります。そして撮っている瞬間から、フィルムに写る全ての色の出方が判ります。
大自然の計り知れない動きに合わせ、山麓で待つのではなく富士山の呼ぶ声を聞いて会いに行く、確率を高めて、その場所に立つ努力を続ける、それが自然なスタンスになりました。富士山を撮り続けて17年、「ときめきの富士」は今ようやく45枚になりました。
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<富士山に感謝> |
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富士山は日本の象徴、みんなの心に共通して有って、見えれば嬉しいし勇気が湧 きます。自分の小ささを見つめる気高き山でもあり、優しく包んでくれる山でもあります。その富士山が私の仕事、自分の好きな事を仕事にして、人様に喜んで頂いて生かして頂ける、何と私は幸せ者かと思います。
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<北斎さん......。> |
| 21世紀最初の3月、北欧最大の新聞の朝刊「Dagens Nyheter」紙の2
頁にわたって「ときめきの富士」が紹介され紙は私を「現代の北斎」と呼んでくれました。
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超えることは出来ない存在で呼ばれたのは、人々の心に響く富士山の美の共通点だと思います。それに北斎も広角レンズの構図です。描写は富士山が主ではなく、情景の中の最高の要所に凛として佇むという絶妙の配置です。
1年に増えるのは数枚、これまでの46枚に数枚を追加して多くの人に何度も見て頂いています。このやり方も私だけ。新作に追われる活動はしません。これまでの46作は繰り返し見ても飽きない作品としての力を持っています。そして47枚目が出来たとき、前の1枚を消すこともあります。その厳しさの中に作品はあります。
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「ときめきの富士」を持つ全ての人に富士山の祝福
が有って、今日も良きことあれと念じています。
イメージを高めて、声を聞いて、また会いに行きます。
現代大江戸富士山名所 五反田 ときめきの富士スタジオ
ロッキー田中 |