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 ↑ロッキー田中のエッセイ「ときめきの富士を求めて」はこちらから
ご覧いただけます。

茜の頃

夕焼けを求めて

  10月中旬 午後6時 西湖より

 富士五湖の中で最も目立たない湖が或る。青木ヶ原に囲まれた小さな湖の名は西湖。湖畔から富士山が見える範囲が限られるのと、裾野まで見えないから人気がないらしい。

 昔、隣の河口湖と西湖は繋がり勢の海と呼ばれていた。写真の黒い帯は青木ヶ原である。前回の第61作<黎明・紫の夜明>にあった森の延長線上に西湖がある。

 私は比較的ここをよく通る。それは新緑や降雪等、四季折々に変化を見せる青木ヶ原の森をアクセントにする新鮮な表情の富士山に逢おうと思うからだ。そしてこの湖辺りの空から天気の変わる境界が有る様に思える。

 富士山の北に位置する河口湖から西湖一帯の空、北東に位置する山中湖の空、西湖からその隣の精進湖に至る北西の空、西に位置する朝霧高原の空は雲の湧き方や流れ方が明確に異なる。

 太陽の動きを見ながら西へ行くか、東へ行くかを決めるのは楽しい。初夏の夕方に空の色が一カ所で濃いのを見つけた。その空を追いかけて行った。滅多に逢えない西湖の夕焼け、早くおいでと誘う流れの早い雲達、空の色が湖に残る最後の時間にここに着いた。

 3つの空の色変わりを見せた後、残照は消え何事も無かった様富士はいつもの様に静かなシルエットになって夜を迎えに行った。

宇宙光音(うちゅうこういん)

音は色、色は朝

  9月26日午前5時半 丸山林道

 光は音を持つ。音は色に姿を変えて私に届く。「あ、音が見えた!」。
そんなシーンが目の前に展開している。遥かな宇宙から朝が音を伴って現れた。夜中にシルエットで存在を示していた富士は未明〜暁に移行する毎に、稜線の色を変化させてゆく。

 いつも心に描いているのは、その息を呑む瞬間だ。美の極致である。
微かな金色、薄紅、紫、赤、橙,茜、紅、薄紅、、、、。日本人に生まれて良かったと思えるのはこの時だ。色の変化を言葉で表せる特質を持つ唯一の民族だから。今勉強中だが、少なくとも250色以上の色表現が出来るらしい。

 空は朝の光を待っていた。雲の流れが光の当たる場所を変えてゆく。
今見て下さっている画面から、光の音が聞こえるだろうか。谷の雲海が動き出した。その下には未だ眠っている山間の里がある。そして雲は朝を雄々しく登場させる様に、富士山に雲間を明けた。

 現代の浮世絵、ときめきの富士。また1枚出来た。

残照紅葉

あ、紅葉の先が彩雲になった!

  11月上旬 午前8時 富士河口湖町夢山荘より

 河口湖の紅葉は11月に盛りを迎える。冠雪が無ければ写真の迫力は減少するので時期になると大変な賑わいになる。が、どれも似たり寄ったりの写真ばかりで、一つとして私を刺激するものがない。

 朝、強い光の最中に北岸にやって来た。丁度逆光で紅葉が朝日を透かして真っ赤になっている枝を見つけた。この木は有名な紅葉である。個人のお家の駐車場に大きな枝を伸ばしている。たまたま私は知り合いで、上のお屋敷に泊めて貰ったりもするので写真の許可は頂いている。庭には入らないし木の根も踏まない。

 アマチュアカメラマンが、勝手にそこの石垣によじ登ったり庭に入って撮っているがこれは良くない。しかし毎年時期になれば道端には車の列、駐車場と庭へは不法侵入が起きている。事前に了解を取る人は殆どいない。
注意しても出ない人ばかりだからちと始末が悪い。その弊害が出た。2週間後、画面に見えている一番上の枝に続く木が切られた事を知った。人々が根を踏みしめたから枯れた。

 紅葉の先の薄い雲に朝の強烈な斜光が当たり彩雲が出た。こんな事は想像外だ。お陰で唯一無二の紅葉の作品に成った。あの彩雲は、私に最後の輝かしい姿を見せてくれた、紅葉からの「さよなら」だったんだ。

頂天世界

超古代、倭には天の鳥船が有って世界を巡っていたという。

  6月中旬 忍野村より

 子供の頃に夢を見た。天の彼方に金の船がポツンと出て来た。その船は幸せの波動に満ちて沢山の神様が乗っていた。見る間に大きくなりすーっと私の前に来て吉祥天女が降りて来た。船かと思ったのは金と白の雲、夢はそこで消えた。

 ずっとその夢を覚えていて、40代の後半にそれを見る事が出来た。当時は未だ一介のサラリーマンで週末に富士山麓に行くのが楽しみだった。或る日の午後遅く、流れていく雲が山頂に寄って来る時に記憶が甦った。滅多に出さない超望遠レンズで、光を透過して黄金に輝く最高潮の一瞬を確実に収めた。

 それから10数年経ってこの話をしたら、「私、乗鞍でこの雲を見ました」という女性が現れて話は多いに盛り上がった。雲はエネルギー体だという。
時空を超えて天空を巡っているとなれば、あながち否定は出来ない。私の夢にまで出て来てくれたし。

 超古代の歴史に関する本を呼んでいたら、有史以前の遥かな昔に倭の国に存在し、世界を巡っていた「あめのとりふね」というのを見付けた。夢から始まり夢はどんどん広がっていく。その船に乗って私は写真家になりときめきの富士の夢は世界を巡る。

昇陽

富士山と朝日が一緒に在るのが真の御来光だよ。

  10月中旬 午前5時40分 猪之頭林道にて

 柔らかい朝の光に逢いたくて林道を登った。朝霧高原の外れに在るこの林道は、峠を越えると下部町に至る。林道の中程に2カ所だけ展望の開けた場所が在る。そこから見る朝日は今日2度目の夜明だ。最初は平地の本栖湖で昇る朝日を見、その後ダッシュして20分位で林道まで辿り着く。

 稜線から昇る朝日は雲をオレンジ色に染めて、陰になった山肌を深い紫に彩っていく。昨夜初冠雪だった。太陽が完全に顔を出し切らない内に、最高潮の光を受けとめる。真っ赤な朝焼けもいいが、空に伸びゆく雲に呼応するが如くの、淡い朝焼けは心ときめく。

 富士山麓に居れば、日に3度の朝日を見る事も出来る。次は平地に降りて頂上付近から出るのを待ち構えれば良い。最初に平地で見た時から1時間後に太陽は頂上にやって来る。

 富士山の写真家になって一番嬉しいのは夜明がいつも身近な事、いつもそれが始まる前に、ピンポイントで最高の彩りを見せる場所に立てる様になった事だ。

「お山と御来光が一緒だ、これはいい!」。デビューの時から評判になったこの(昇陽)は正に昇る朝日の勢いで、前にも増して沢山の人々の元に届き始めた。

女王のアリア

絢爛たる夜景の極地 「魔笛」のアリアが聞こえる。

  11月下旬 午前6時30分 信州高ボッチ高原より

 モーツアルトのオペラ「魔笛」は大好きなオペラだ。劇中に声の極地とされる「夜の女王」のアリアがある。名歌手が喉の奥で珠を転がす様に歌う、その技巧と美しさには陶酔に引き込まれる。

 夜景撮影の度に「夜の女王」のイメージをずっと探していた。そして初冬の暁の頃、富士山から120km離れた諏訪湖の上でそのシーンを見つけた。

 信州の11月、一晩中小雪が降っている。夜中にここに着いて車外に出ると骨の髄まで凍える。湖の周囲の明り以外は漆黒の闇だ。それを乗り越えたご褒美が、得難い光景の出現と決まっているから寒いほど心ときめく。

 未明、目を凝らすと富士山は山並の上にシルエットの姿を現わしていた。
空に夜明の色が付き始める直前までが勝負だ。どんな時でもチャンスは1回のみと信じている。私は露出計を使わない。連写等全くしない。そして極限の刹那の1ショットに再現される全ての色を、明確にイメージ出来ている。

 右の南アルプス赤石連山、左から伸びた八ヶ岳の裾野と里山、里明りを霧が覆い、中央を湖が占めて富士へと続く雲の帯、絢爛豪華、山紫水明の美が夜明を前にして、澄み切った声でアリアを歌っている。