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 ↑ロッキー田中のエッセイ「ときめきの富士を求めて」はこちらから
ご覧いただけます。

紅炎上

 

 

10月16日 午後 5時過ぎ  山中湖

 この日を忘れない。

 朝から風に流れる絹を重ねた様な雲が西の空に湧いていた。横に広がったり少しづつ上昇したり . . . 。その雲達が気になって富士山の外周を車で走りながら一日空を眺めていた。

 普通の雲とは違う。何か言いに来たような気がする。午前中の太陽が天空に移るに伴って青空が広がった。だが絹重ねの雲は刻々と形を変えて西の空に残っている。

 だから夕方はこの湖で空を見ようと思った。この時期日没は5時頃である。夕焼けは日没の30分前から空の大きい場所で色変化を見るに限る。
空が夢のような色に変っていくのを楽しむのだ。

 太陽が山の端に隠れ、北半球の向こうに移って行くと、さっきまで天空を照らしていた光は山の近くに湧いている雲に狙いを定めて赤い光を当てる。それに伴い空の色が変ってゆく。青からグレイへ、薄紅を交えて紫へ。光が強く当たる所は金色に。そして最高潮の赤へと。

 日没前、落日、残照、運のいい日はこの三景を楽しむことが出来る。これを一焼け、二焼け、三度焼けという。この日がそうだった。そして空が光彩の劇場になった。

 今月はその変化をお見せする。これは焼ける前の空である。山の向こうに太陽が隠れた時に丁度富士山の中腹から上をを斜め走る様に影の帯が出た。峰帯である。影の先端は私の頭上を跨ぎ空を切り裂いた。そして山の周りの空の色は黄金と紫に変化し私も大気の中で融合した。息を呑む様なドラマが目の前で起きている。


帯影

 ずっと下に移った太陽が山の上空に光を当てて、稜線の周りを一段とゴールドに染め空を燃やした。帯影が消えゆくにつれてシーンは紅炎上に変った。息を詰めて確実に受け止めた。手持ちのフィルムが底をつくまで広角で収めた。

 この情景は朝から予兆が有った。朝見た絹重ねの雲はかなり前からこの日に湧く事が決まっていたのだろう。それは壮大な夕焼けに繋がった。空は大地の脈動を映す。雲は形となって変化を伝えている。この日の夕焼けは自然の営みの中で既に決まっていたのだ。

 今まで世に出してきたときめきの富士を見て思う事がある。そこに写ったのはその時の一瞬。それは急に出た光景ではなく宇宙と自然の営みの中でその日、その時間に、そこに出るのが決まっていた事なんだと。そして出た情景は次への変化を示しているのだと。

 

そして1週間後の10月23日、新潟中越地震の発生を知った。

大和彩輪

 

  8月中旬 午前7時半  静岡県山伏峠

久し振りに写真を整理した。2004年の春のことである。

「そうだ。5年前にしまっておいたあの写真を見てみよう。今ならいいかもしれない!。」

 5年間引き出しに入っていたこの写真は新鮮な衝撃となって目に飛び込んできた。下半分の光っているものは熊笹である。天空に輝く朝日の逆光を受けて、まるで海面の小さな波がキラキラ光る様に写っている。

 中景にあるのは濃い山色をバックにした森だ。そして枯木が画面の中で添景となっている。山の向こうに富士が聳え、日輪は彩輪となって一帯を照らしている。

 あの時はまだこの写真に感慨を覚えなかった。自分の見る目が出来ていなかったのか、役割を持った写真の登場すべき時期があるのか、或いはこの写真に役割があるのかさえも判断出来ず、とりあえずは見直したい時期が来るまでしまって(寝かせて)おくことにした。

 今、改めて見たら昔と違った見方が出てきた。
  これは今の日本を現している様に思えてならない。熊笹の海と山並と森は荒れきった日本と、かろうじて残る麗しの山河。大切なもの、営々と培われてきた“美しきやまとのくに”が壊れている。

 しかし、画面の上半分は希望である。陽は燦然と輝き「日本よ再び甦れ」と言っているように思えた。写真を見ていたら自然に浮かんだのがこの題である。「大和彩輪・・・やまとさいりん」。

 やまとのくによ 甦れ。 言葉の響きは再臨である。

 ところで話は変るが、熊笹を研究している人達を知っている。熊笹には極めて特異な効能があるらしい。今まで眠っていたものや、重用視されなかったものの中にこれまでの概念を変える宝物が隠されている。それらが順々に役割を持って世に出る時代を迎えていると思う。

 全て大和の国の自然の贈り物だ。

風劇場

空が移っていく・・・・

  9月中旬 午前10時 精進湖畔より


     富士山は生きている。

       生きているから雲を呼ぶ。

         雲を呼ぶから天気が変る。

           その変り目に逢いに行く。

     渦を巻いた雲は見る間に

       辺りを巻き込んで更に大きな渦になった。

     そうして青空を隠し冷たい風を雲の中に呼び込んで

     峰に綿の様な雲が絡み始めたら雨が近づいてくる。

    
     そしたら考える。富士山のやりたい事を受け止める。

     雲海の上に出てぽこっと頭を出した姿に逢いに行こうか。

     それとも今日は店仕舞にしようか・・・。

     富士のやまいは永久に直らない。

天地創造

宇宙の声

  9月26日午前5時40分 丸山林道

  呼吸を整えてその瞬間を待っている。私の丹田から大地の中心核に向かって長く息を吐く。大地の中心核からマグマが沸き出していのちのエネルギーが立ち上がり足下から体全体に回る。それを丹田に溜める。そして紅蓮の炎は頭頂から出て宇宙の彼方に至る。

 そこは智恵の泉、銀河を超え宇宙の先のその先の根源に私の思いは届く。
靄の中から青白い光が宇宙を走り私の頭頂に入った。体全体を包んでゆく。
心は金の光に充ち、細胞は無限のエネルギーに融けて智恵と調和に染まる。
光は丹田に納まった。今私は融合した。

 足下からはいのちを、頭頂からは智恵と無限エネルギーを受けて丹田に宇宙をつくる。いつも夜明けを待つ時に自然な動きでこんな呼吸とイメージをしている。

 台風の後、気圧配置は究極になった。日本列島に平行して雲が並ぶ。風雨の大掃除の後は得難い空に会える。この夜から翌朝まで緊張は途切れる事無く心はときめいていた。

 その時が来た。クライマックスの瞬間まで劇的に変わって行く色を見ていた。未明から暁にかけて紺青も紫も吸い込まれる様な神秘の色も見てフィルムに収めた。

 全て一連で見て来た色はこの一瞬に至る為の必然だった。空の雲は今こそとばかり躍動して朝日を受ける。台風の後気温が下がり上空には風も残って雲の起伏は波となり噴火口となって彩られた。

 自然の摂理、無限宇宙の一端を垣間見た思いだ。 1枚の静止画に過去も未来も写っている。あなたに響いたか。

 こんな営みが日々刻々と繰り返されている地球、他の星、天体。そのシーンに立つ事をイメージしている。それが私の仕事。今立っているシーンの臨場感を、風を、温度を、朝の匂いをあなたに届ける事。それが私のお役目。

 生かされている事に感謝の日々である。

 

現変化(うつしへんげ)

視界の向こうに在るもの

 

9月25日深夜 丸山林道

 不思議な夜だった。

  下界から見えない山々は丸山林道の中腹まで登るとうっすらとシルエットになっていた。まるでここまで辿り着いた者だけに見せてくれる様に。
今宵は満月、気圧配置の影響で上空に早い風が走り次々と雲を流している。

  月は夕刻に出て深夜にかけて天空に上り詰め、頂点で弧を描いたら同じ早さで夜明の時間帯に沈む。午後11時、左上方から月が入ってきた。それをどのタイミングで受け止めるか、じっと目を凝らし雲の形と光のバランスを読み切る。

  ある瞬間、感じた。受け止めたのはこのシーンのみである。
  写真の出来上がりが楽しみだった。プリントを観て声も出ず。

  何が写っているんだろう。上空の雲は走り山に絡む下の雲は止まっている。満月は雲の後に入り、その光は近くの雲に輪郭を付けた。そして遙かな富士山がぼわっと出ている。過去、現在、未来が一緒に写っている様だ。
だからこの題が浮かんだ。
 
  昨年(2004年)、徳間書店から表紙に使いたいと依頼があった。出来た本は「前世と生まれ変わりの超真相....コシノケンイチ」。表と裏の表紙にこの写真を正像と逆像で使ってある。内容は現世と霊魂の事、かなり専門的だが読み進んでいく内に編集長が「現変化」を選んだ理由が理解出来た。私も今まで知らなかった事をこの本によって知らされた。

  最近この作品が人気である。21世紀になってから経済や効率や科学よりも、見えない世界にある真実を心で感じる人が増えている。何かを感じて観てくださる人が多い。

  私は超凡人、感じ方も鈍感な方だが富士山が呼んで見せてくれる一瞬の光景をそのまま受け止めるようにして生きている。偏らず、力まず、こだわらず、しかし妥協せずに心の中にイメージの出現を読む。それは確信に近い。

  ときめきの富士、あなたに響くこと、それは喜び、感謝無限なり。

 

光 響

金の翼が広がった

 

12月上旬 午前7時 本栖湖

  以前の五千円札の裏に逆さ富士が描いてある。
上の富士山と湖に映る逆さ富士の姿が異なるから、これはシナイ山だとかノアの方舟の着いたアララットさんだとかの指摘がある。
確かに姿が異なっている。

「おー焼けた焼けた!」「今朝は赤いなー」。
車中で眠っていたらざわめく声が聞こえた。
現実の声ではなく夢の中で聞こえていた。
そして目が覚めた。

「やばい!寝過ごした!朝焼けが始まっている。」
目が覚めたらもう誰もいなかった。年に何回かはこうやってチャンスを逃す。
それでも起き出して三脚を立てた。残り物に福が有るかも知れない。
まだ清冽な夜明け直後の空気が漂っているから。

暫くしたら二焼けが始まった。一焼けは赤、運のいい時の二焼けは黄金である。
その雲は羽を広げて朝日を全身に受けた。
上空の金の翼が湖 に映っている。風が起き湖のさざ波が始まった。
大気温度が変わり始めたからだ。逆さ富士の姿が湖上で揺れ始める。

上は動の世界、下は静の世界に見える。
燦然と輝く黄金の世界、この湖では富士山の上と下の映りがいつも異次元の様に見えるから不思議である。

富士山の神様はこの姿を私に見せたかったのだ。