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 ↑ロッキー田中のエッセイ「ときめきの富士を求めて」はこちらから
ご覧いただけます。

山上の楽園

絢爛の饗宴

10月24日午前10時半 安倍林道

  深く険しい山道を辿っていくと、夢の様な場所に辿り着く。切り立っ
た崖、連なる山嶺。絶景に尽きる。テラスの紅葉は今が盛り。山並みの
彼方に朝の斜光を受けた富士が浮かぶ。毎年この時期に、この場所で過
ごすときめき。富士山から写真家への褒美である。

 深山の最高潮の紅葉と富士の白雪が共に写っている事、ときめきの富
士では当然の事だ。しかし、最高の条件はそう簡単に揃わない。だから
何年も通う。

 激しい夏の暑さ、徐々に冷え込むスムーズな秋の入り、台風の風を受
けないこと、秋晴れの空、撮影日前日の富士山の新雪、その日に紅葉が
最高の彩りを見せること、そう簡単に撮らせてはくれないからこそ挑戦
は続くのだ。いつか出会えるその日を信じて。

 ある年の秋の日。午前10時過ぎにこの場所に着いた。三脚が一杯で入
れない。秘密兵器の脚立に乗って皆の後から頭越しに撮った。高さ2.5m
だ。遮るものは何も無い。あれから数年経った。多くの方と顔見知りと
なり、今でも「あの時に頭の上から撮っていた人が、プロになったロッ
キーさんですか!」と時々声を掛けられる。

 この年、夜と朝は西の安倍峠、午後は夕焼け狙いで東の忍野村の二十
曲峠と80kmの道を野越え山越えして走り回っていた。この年、やっと全
ての条件が揃い、写真になった。一ケ所でクリヤできたら、次の撮影ポ
イントでまた最高の写真を心がける。この繰り返しだ。

 この写真はある大手の新聞にも掲載された。サラリーマンだった私は
写真家として生きていくことを漠然と願っていた。それを決意に変えて
夢に向かって進ませてくれたのがこの「山上の楽園」である。


満天の流星

宇宙よ。

11月19日午3時37分 富士山二合目 西臼塚

 ペンテルシュタットの獅子座流星群が、今年確実に日本から見えるとTVやラジオで情報が流れていた。今度こそ写真にしたいと思い、場所を考えた。

 流星は東の空という。ならば本栖湖や朝霧高原に陣取れば見える確率は高まるが、誰でも考えそうなこと、きっと人であふれかえるだろう。
何処にするか...。もっと条件が厳しくて素晴らしい情景の場所が良い。
そうだ、富士山の中腹で南から北の空を見よう!。

 その場所に案内をしてくれたのは富士連の人達、計7人でその草原に立った。流星の飛来まで未だ6時間有る。車に戻って仮眠を取った。エンジンをかける者など誰もいない。そして午前1時半に目が覚めた。

 さっきまで少し湧いていた雲はきれいに取り払われ、夜空に隙間の無いほど散らばった冬の星座が待っていた。富士山のずっと上は北極星、不動のこの星がドラマの主要な位置を占める。

 この星が古来から人類に道しるべを示してきた。今、私は北極星を正面に、オリオン星座を背中に、宇宙の彼方から飛来する獅子座流星群を待つ。気温は丁度零下になった。暖かい。地球温暖化が進んでいるのが分かる。一昔前は富士山中腹ならば零下6〜7℃が普通だった。

 午前2時、開始を知らせるようにピューンと大きな光が東から西に流れた。そして天空のドラマが始まった。飛んでくる位置に合わせてカメラをセットするのではない。南から見る富士山とその上空のみにカメラの角度を固定して、そこに入ってくる流星だけを取り入れるのだ。

 東の空に流星発生の中心がありそこから四方八方に星が飛ぶ。歓声が上がる。中腹の五合目には天体ショーを見に来た車のライトが見える。それも含めて全部を草原から見ている。地球と北極星を軸に天体が回る。さっきまで水平だったオリオンは南の空で水平になった。

 降り始めた。雨のようではなく少しの間隔を持って、音がするように。
この瞬間、大気と、宇宙と自分が調和しているのが分かる。露出時間は30分にした。これなら星の軌跡はは北極星を中心に円軌道を描く。そこに斜めに流星が飛び込んでくれば絵が出来る。予めイメージは出来ていた。あとは天の恵を待つのみ。

          無限宇宙の幾億の、
            中に生まれた太陽系、

           銀河の中の奇跡星、
            地球に生きて恵み有り、

            自然の摂理に感謝して、
             ときめきの富士ここにあり。

 現像が上がって嬉しかった。生きていること、生かされて天命のあることに感謝した。

 この夜、全てのことがある一点で調和し、私はときめきに出会った。

夜明けのベール

木花咲耶媛.....

12月4日 午前6時 猪の頭の草原

 夜中、厚い雲が富士の嶺を隠していた。上の峠をやめて、久し振りに麓の草原
で寝る事にした。雲が厚く動かない。富士山は全く見えない。明朝は無理かもし
れない。けれど三脚だけは立てておこう。草の匂いに包まれて眠った。

 午前6時過ぎである。眠っている時に誰かに呼ばれた....様な気がした。辺りは
薄暗い。まだ富士は見えない。目をこすって車外に出た。光が無いから寒い。
その時、風が吹いて雲が流され、富士が肩からフワッとベールを掛けて姿を見せた。
そして直ぐに消えた。

 わずか10秒の出来事、2回シャッターを押せた。写 っていたかどうかも定かで
はない。でも何だか此花開耶媛(このはなさくやひめ)が、その姿を私に見せる為
に、出て来てくれた様な気がしてその場に暫く立っていた。

 写真は2枚とも色が出ていた。それは紺青の富士の姿だった。色が深い。吸い
込まれるほど美しいブルーだ。やっぱりあの時、富士山が呼んでくれたんだ。

 

夢の朝

紺青地空

  1月18日午前9時半 山中湖平野

富士五湖の中でも気温低下が激しい山中湖はどの季節よりも冬が際立つ場所である。湖に積もった雪は年ごとに違った表情を見せ撮り切れい。或る冬、湖の氷が岸辺に打ち上げられて、その上に雪が積もって造形の極地になった。滅多に見ることが出来ない光景だ。

 陽が昇って青空が見えても気温は零下10度。幸運な事に今朝は早起きの人が雪の上を歩かなかった。その代り雪がひび割れを作ってくれた。
眩しい雪の輝きの向こうに、横綱の土俵入りにも似た氷上の浮富士の出現である。

 「これは飛行機から見た雲海ですか?」と意表をつく質問をした方が
いた。成程、そういう見方もあるのか。紺碧の空の向こうは吸い込まれ
る様な空、地表から宇宙へと繋がる凛とした情景だった。

 

初ひかり

宇宙の彼方から最初の光

  1月18日午前6時38分 山中湖平野浜

 凍てつく。午前3時半に湖に着いた時、外は-15度になっていた。車の
中でも-11度だ。エンジンは直ぐに止めた、それが富士山の撮影では自
然なスタイルだ。周りでエンジンをかけて寝ている人がいたらお願いし
て切って貰う。

 時々、朝までエンジンを掛けて待機する人がいるが、自分が楽するた
めに自然を痛めつけていることを、殆どの人がが気づかずにやっている
ことなので、言われると大抵の人は分かってくれる。通常はこれ位の温
度でも寝袋で十分なのだから。
 
  冬は紅富士と言われる。紅富士とは白雪が紅に染まることを言い、山
頂の土が赤くなる夏の赤富士と区別してこう言われる。今年は寒波が2
度も襲来して胸が騒いだ。明朝は冷え込むと踏んで何度も夜中に駆けつけた。たった数10秒のドラマに会うために。

 この時期、太陽は日本(地球)から一番遠い位置にある。東南東の方
角から出る冬の朝日は、日本では最初に富士山の頂上に届く。その時に全ての条件がが揃うと厳冬の奇跡の「紅富士」を見ることが出来る。空気が澄みきって、気温低下が激しくて、富士と太陽の間に一切の障害物がない時に限られる。それを今年は撮れそうな予感がしていた。

 午前6時。気温は-20度。夜明の前は最も気温が下がる。目を凝らせば淡い暗闇の中に、うっすらと湖に続く氷結の雪原と富士が姿を見せていた。キーンと張りつめた空気。何も聞こえない。無音というのはこんな
世界をいうのだろうか。

 6時39分、最初の光が頂上に届いた。凛とした気が漂う。少しずつ紅
が白雪を染めていく。そしてドラマはクライマックスを迎えた。五合目から上のの冠雪全てをピンクに染め、堂々とした麗姿が氷結の湖にすっくと立った。

 冴え渡る濃い色は僅かの時のみである。やがて徐々に赤が消え、黄色とセピアが混ざった色に落ちてゆく。5分後には何事もなかったような
表情の富士がそこにあった。

 今年も紅富士に出会った。しかし、年を追う毎にその色は激しさを無くしていく様だ。地球が温かくなっているから。だから心を研ぎ澄まし毎年数回の一瞬を狙う。そしていつかもっと鮮血の紅が私を迎えてくれるその日の出現を信じて。

 

春爛

完璧の一致

  4月4日 午前9時 静岡県芝川町興徳寺

 春の天気予報は殆ど晴である。しかし富士山が見えるとは限らない。
原因は春霞と雲だ。イメージは出来ているが、風が吹いて雲を払ってく
れるのを待つしかない。晴天が続き、合間に雨の日があると、明日は期待出来そうだと思いつつも、花が雨でやられないかと気になる。条件が揃う時を何年も通い続けて待つのである。全てが調和する一瞬の為に。

  共に日本の象徴だから櫻と富士山の写真はよく見る。ところがこれ程難しい被写体は無い。最低必要な条件は少なくともこれだけある。

   ・櫻の満開は1年の内たった1日の数時間である。

   ・富士山麓の櫻の開花と満開の時季は3月から5月まで各々異なり

   ・枝振りの良い櫻の満開が午前中の澄み切った空気の時間帯で

   ・春霞が完全に取れて青空になり

   ・麓までくっきりと姿を出した富士山の頭には白雪が有り

   ・風がやみ、花を揺らさず、全ての花びらには一つの陰も無く

   ・陽光燦々と光が満ち渡り

   ・峰の上にアクセントをつける雲が流れ

   ・最高の構図と露出で、

同じ位置で他人が撮らなかったらそこで初めて傑作が出来る。1枚の完成に数年かかることもある。地球温暖化で条件はますます悪くなった。

この日、沢山の人が境内に詰め掛けた。そして境内の外れの斜面に立ったのは私だけだった。頂上から枝までの空間が勝負だ。広重の描く富士にも似て一分の無駄も無い姿になったろうか。右下の麓の丘に菜の花の畑が見える。私のときめきの富士の中で、時を超えて売れ続けている櫻である。